日本に対して、世界に向けて無限大アウトプット

日本に対して、世界に向けて無限大アウトプット

アウトプットの恐怖を超えて

幼稚園の時は、母が無条件大好きで
1~10まで全部今日の出来事を話していました。
母も楽しそうに話を聞いていました。

20歳の時、職場の仲間(男女)で泊りに行った事を母に言わなかったことがあった。
仲間の関係だったので何もないのだけど、
生まれた時代が違う中で、母に言うのは難しかった理解できないと思い言わなかった。

後でそのことが母に伝わったときの母の顔色が今でも忘れない。
穏やかな顔から仁王のような顔立ちになった。
びっくりするくらい恐ろしかったのを覚えている。

母に確認し許可を得ないと自分は行動ができない。
私の生き方を自分で決めることができない。
アウトプット=支配のイメージになっていた。

自由のはずなのに、その人の判断基準の中でしか生きられない
まるで鳥かごに入っているような生活でした。

いつか遠くに行きたい。どこまでも遠くへ。
誰からも否定されず、自由な生き方ができるところへ。

いつしか無意識にも遠くに行きたいという願いを強く持つようになりました。
どうやったら、この場所から逃げることができるのか。

それは有無を言わせないパートナーをつくって結婚することでした。
そして、その願いは叶いました。スコットランド人の彼氏ができたのです。

彼の実家に帰ったときにパーティでスピーチする機会がありました。
しなきゃならなくなったら、何も喋れませんでした。
自分の自身がありませんでした。

アウトプットするのが怖い、人前で喋るなんて絶対にイヤでした。
できない自分、私駄目だ、残念感その蓄積だけが残っていきました。

そんなコミュニケーションスタイルなので
当然パートナーともどんどんうまくいかなくなっていきました。

自分が変化するために自分ができることを少しずつやっていきました。
人に慣れるために受付のバイトしたり
本読みまくって、自分の悪いところを改善したいり、
イベントに行ってたくさんの人と出会ったりしました。

最初は初対面の人に対してしていた、足のガクガクは止まってきました。
本を読んで改善するたびに、自分のIDがわからなくなっていきました。
本にはいっぱい書いてあるし、自分がいったい何なのかわからなくなっていきました。

そしてどうやったら人と繋がれるのか
どうやったら協力関係を結べるのか、
自分の何が悪いのか全くわからなくなっていきました。

もう無理だ、駄目だ、というあきらめ、自分には何もできない。
いつ死んでもいい、別に何も未練ないし、自分は存在しちゃいけないんだ
と思いながら、生きる屍のように毎日を過ごしていました。

でも生きて行かなきゃならない
でも何して生きていけばいいのかわからない
あきらめからの死に方準備OKの状態でいました。

私はたくさんの人の前に立っても自分の伝えたいことを
しゃべれるようになりたいと心から思っていました。

なので練習となるようなイベントをやりたと考えていました。
そんな中で、たまたま会った人に、イベント一緒にやろうよーと声をかけられました。

初めて自分がしたいことに共感してくれて
私の話を聞きたいと言ってくれる人との出会いでした。
それが最初の認識技術との出会いにもつながっていきました。

ユニバーサルリーダーシップ研修を受けました。
私はかっこいいリーダーになりたかったからでもありました。
ナウシカのように。どんな人にもやさしく
フラットな関係性を組める人になりたいと思っていました。

その研修では、さまざまな世界の歴史や宇宙の仕組み
科学から物理、思想哲学なども含めていろんな角度からの新しいイメージの共有がありました。
観点ゼロにならないと本当の関係性は創れないこともわかりました。

本当の意味の立場チェンジできない
○×相対世界の外に出た次元の勝負がちがうところからでないと
この世界の問題は解決されないこともわかりました。

今までのわからないことが→わかるに変わった瞬間でもありました。
それはすべての関係性、自分、生きることなどなどです。
この全体像を理解することにより、本当の安心を手に入れたように思いました。

そして私が本当にやりたいことは75億人を幸せにすることです。
今よりももっと気軽にいろんな人と話し合えたり
助け合ったりする関係性の社会をつくりたい。

全体を考えていたリーダーのあり方が
本当の日本=本当の自分だと考え、人に合わせる生き方ではなく、
1からの基準でこの美しい日本を立ちあがらせるように
日本に対して、世界に向けて無限大アウトプットしていきます!!

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