ちゃんとしなければならないという思考はどこからくるのか

ちゃんとしなければならないという思考はどこからくるのか

ちゃんとしなければならない。

真面目さがあるゆえ、何をするにも、この観点が働きます。

120名との共同生活の中で、名前を覚えなくてはならないと思ったり。

何かをしなければならないと思ったりは、本当によく出会います。

この観点は、いったいどこから作られて、今もなお、それこそが正義だと思い込んで気がついたらこうしなければならないと選択してしまうのか。

自分のこの観点は、環境に大きく影響を受け、作られてきています。

家庭
地域
組織
日本
教育
社会
時代
歴史・文明

私の「こうしなければならない」も、私1人で作ったわけではありません。そして親が悪いわけでも、日本が悪いわけでもないのです。

表と裏が必ずある相対世界で考えていても、問題を同じ次元で解決しようにも方法はありません。もっと深いところ、次元を上げないと相対世界の問題は解決されないのです。

相対世界の次元を上げたところ、それは名前を付ければ絶対世界といいます。相対世界は、量子野せかい、条件により激しく変化するところです。それに対して絶対世界は、不変の世界で中外ひっくり返る動きだけがある世界なのです。

相対世界を観察できる絶対世界に基準点を置き、すべてを全体視できる観方の習得がこれからの時代を生きていく上で必要となります。
なぜならこれから情報社会は加速する一方です。

複雑な世界はより複雑な思考を生み出します。だからAI時代とも言われているように、情報過多を整理する能力に長けたロボットの力が必要なのです。

そして人間は、よりシンプルな思考になれるかが大事になってきています。そして自分で考えること、ゼロから生み出す力が必要になったくるのです。

自分の観点に掴まれる生活でなく、自分の観点を理解して道具として使うこと。この技術が1人ひとりに必要となるのです。

つまりは、「こうしなければならない」を存在させているのは自分なので、存在させたり存在させなかったりと自由自在な自分の認識を創ることができます。

自分で認識のすべてを選択することができるようになったときに、新しい生き方、自分の尊厳を自分で守れるようにもなります。

時代の意思とニーズにより、認識のバージョンアップをした、ニュータイプの人間がこれから続々と生まれてくるでしょう!!!

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